マズイ初演を聴かされたあなたは一体どうしたら良いのか。
一般に知られざる作曲家の作品をヘタクソなピアニストが弾いた録音を聴いた時の怒りに似た感情。それは「犯罪」に限り無く近い行為を目撃した者の気分だ。こんな時は人それぞれ、一番良い対処方法を考えるだろう。しかしその中に普通の場合は入らないのが「私がその作品の本当の演奏を皆に聴かせてやる」と心に決めて、握りこぶしを振り上げることだ。そんなことが出来るのはMarc-Andre Hamelin氏と他に数人しかいない。マズイ初演を聴かされたあなたは一体どうしたら良いのか。私は独自の方法で、それらの作品における最初の聴衆になることが出来るようになった。あなたに出来ることが二つある。一つは私と同じく録音すること、もう一つはナナサコフを応援することだ。

「コンピュータによるピアノ演奏」を考える場合、次の二つがあろう。
[1] 楽譜に書かれた音符情報を人間がデータとしてコンピュータに入力し、コンピュータが自動演奏ピアノに命令して演奏させる。
[2] コンピュータが自分自身で楽譜を読み、「クラシック音楽の演奏」と呼ぶに相応しい水準の演奏を自動演奏ピアノに命令して演奏させる。
どちらの場合も楽譜上の音のデータ(つまり、音の高さ・音の強さ・音の長さ)を忠実にコンピュータに入力することから始める点は同じである。そして最終的にピアノの音を出すに至る方法も同じだ。演奏の表情付けに関する論理が明確であれば、両者の違いは大きくない。

入力された初期段階のデータに基づいて自動演奏をすれば、人は「音楽的な表情の無い機械的な音の羅列だ」と言うだろう。では、「機械的な」と「人間的な」の違いは何か? それを知る一番簡単な方法は、まず人間の演奏表現の一つ一つについて聴衆とは違う立場に自分を置くことから始まる。音楽を聴くのではなく、音の消えるタイミングに注意を払う必要がある。LPレコードやCDの音を鳴らしながら、それに対して指揮をしてみるのも良いかもしれない。しかし大抵の場合、著名なピアニストの素晴らしい演奏が記録されたCDを聴く機会が多いので、あなたは音楽に合わせてただ手や腕を動かして踊っているだけの滑稽さを演じることになるだろう。それでも何かはつかめるだろう。

古い写真を整理していたら

こんなのがでてきました。
1990年10月の写真なので、ショパン・ゴドフスキーの録音のテスト風景です。このころはまだデジカメがありませんでしたから普通の写真だったんですが、一体誰に撮ってもらったものか思い出せません。

3ヶ月に一回程度、前回のテスト録音時にチェックした問題点を修正したデータをもって、再度テスト録音をする、というのを何回も何回も繰り返し、少しでも自分の理想に近い「演奏」になるように、データをつめていく、という作業をやっていました。

この頃のトライ&エラーで得られた数値感覚の蓄積は、今でも財産になっています。こうやって古い写真を見ると、やっていることは殆ど変らないけれど、髪のボリュームが変ったなあ。もともと薄いけれどこの頃はまだいくらかましだった、と懐かしむ。

 

使用する楽器について

1988年当時これを始めたころ、実際に使えるシステムはYAMAHA社の”ピアノプレーヤ”だけだった。ベーゼンドルファー社の自動演奏ピアノが存在したが、MIDI規格をサポートしていないため、私の用途には合わなかったのだ。選択の余地はなく、ショパン・ゴドフスキーの録音にはピアノプレーヤ付きのYAMAHA C7を使用した。その後このピアノを使用することができなくなり、しばらくはデータ制作だけの時間が流れた。1998年のアルカン短調エチュードのときにはピアノプレーやとMIDI音源と両方を用意したが、結局後者でやらざるを得なくなった。2000年に出したバッハ・ゴドフスキーの2枚と、2001年のアルカンCDは、YAMAHA C3プレーやで録音した。楽器が小さいため音に余裕がなく、思い描いた通りにはならなかったが、それでも一定の成果を出したと思う。そんなノウハウを詰め込み、アムラン氏にもアドヴァイスをもらいながら進めたソラブジ作品だったが、許諾が得られずオクラ入り。

自動演奏ピアノの発音のさせ方自体は昔から変わっておらず、鍵盤奥を下(裏)側がら突き上げることにより、(鍵盤を押し下げたのとほぼ同じように)アクション各部分が動き、ハンマーが弦を打つということだ。駆動方法としては、紙のロールを記録媒体としていた時代は、小袋(「く」の字の両面にレバークロスが張ってある)の中の空気を抜き取る瞬間に「パチン」とたたまれる?勢いを駆動力としていた。現在はソレノイドのドライヴ(電磁石)で突き上げて動かしている。

マランツ製のピアノコーダー、というのがあった。記録媒体はカセットテープで、アナログの機械としてはとても良く出来ていたと思う。ドライヴの取り付け位置は棚板の下だったため、棚板に穴を開けて鍵盤(裏)をねらう調整が必要だった。ピアノの鍵盤は88鍵を3~4セクションに分けて(鍵割れ、と言う)いるが、マランツの方式なら、鍵割れのいかんに関わらず、取り付けが可能だった。YAMAHAピアノプレーヤの駆動ユニットはアップライトの場合、鍵盤と棚板のわずかの隙間に入る薄いユニットで、まさに技術力の勝利だが、鍵割れごとに違ったサイズのユニットが必要になる。グランドピアノ用のユニットは鍵割れに対応しているが、さすがにアクション本体に押し込むスペースはない為、マランツと同様に棚板下に取り付けられている(が非常に薄型)。ちなみに既に販売されたグランドピアノへの後付けには、残念ながらメーカーが対応していない。

今までのどれもが「ピアノを選ぶ自由がない」のだ。本体に取り付けらた駆動ユニットと演奏をコントロールするシーケンス部。それらが一体の「商品」として販売されているので、たとえば○○○ホールにあるピアノで録音したい、というのは無理なハナシだ。しかしロールピアノの時代からユニット内臓タイプではないシステムがあった。それは「フォルゼッツァ」と呼ばれていた。調律を習った師匠はボルセッサ呼んでいたし、実物も見たことがある。若いころに師匠のカバン持ちで、亡くなったSONYの盛田氏の自宅にお供したときに、スタインウェイのグランドピアノに内臓されたロールピアノとは別に、鍵盤上に覆いかぶさり、鍵盤に接する面に88本の「指」が出ているフォルゼッツァがあった。そのどちらも我が師匠が修理調整をしたシロモノで、当時そのような技術者は他にはいなかっただろう、と尊敬していた次第である。フォルゼッツァはドイツ語で「前に座る者」という意味だと、後に説明してくれたのはピアノ仲間の藤巻氏。

2004年の暮れも押し迫って、突然思いついた。
フォルゼッツァを作ろう、と。それがあれば、出かけていってホールのピアノを使用することが出来る。録音はもちろんのこと、その気になれば、以前に計画して結局は実現しなかったコンサートも、だいぶ楽に実現できるかもしれない。
そういえば、毎年「申請書をだしてください」という案内がくる。その気が失せたので無視してきたけれど、ひょっとすると申し込むかもしれない。ちょっと待て、これはハナシが飛躍している。まだ「フォルゼッツァを作ろう」と思い付いただけだ。

しかしこれは2008年4月に、使用可能なピアノを備えたホールを見つけたので、実は途中まで作ったけれど中止しました。

 

シーケンス
MIDIシーケンス・ソフトに関してはVisionやPerformerやLogicが有名だが、他のどれであってもあなたが使いやすいソフトで大丈夫だ。 ショパン・ゴドフスキーの制作にはYAMAHAのQX-3というMIDIシーケンス・レコーダを使用した。その後は主にLogicを使用たが、実際の録音に際しては、コンピュータに内蔵されたハードディスクの動作音が雑音として録音されてしまうのを嫌って、MIDIデータをQX-3に移し替えて使用した。その後もこのQX-3は手放せなくなり、結局ずっと使い続けることになってしまった。シーケンスソフトは、最新のヴァージョンである必要は全く無い。それはただの文房具である。問題なのは、これから先の事柄だ。

しかし機械とは悲しいもので、使用しているうちに劣化する、つまり新品のときと同じ動作をしてくれなくなる、ということに気づいたのは、やはりそのような状況になってからだった。しかも新しい機種がどんどん発売され、次第に単体のシーケンス・レコーダが市場から消えていったころになって、あわてて中古を探し回った。どうにか入手したが、それも相当に使い込まれた機械で、50歩100歩の状態。もっと早く新品を予備機として買っておけばよかった、と反省した。ところが、である。2007年10月に急に思い立って、YAMAHAに修理を依頼してみた。「部品がすべては揃いませんので完璧には修理できないかもしれません」と言いつつ、それこそ完璧に調整されて戻ってきました。これで完動品のQX3を2台手元に置くことができます。非常にうれしい、またやる気になってきました。

2009/5/25記

 

これまで幾たびもの不具合を乗り越え、制作に使用してきたハードウェア・シーケンサーQX3が、三週間前にとうとう正常に作動しなくなりました。こんな日が来るであろうことはそれこそ何年も前から分かっており、それに備えて、もう一台の(ほぼ)完璧に整備されたQX3はしっかり梱包・密封してハードケースに収納されていましたので一安心。しかし、それを取り出して続きの作業をしようかと考えた際に、「いや、待て!この一台が死んだらアウトだなあ・・」という事実に今さらながらに気づき、これはこのまま保存しておくことにしました。定番ソフトのCubaseもLogicも10年以上前のバージョンしか持っていなかたので、何か購入しなければならなかったのですが、いろいろ迷った末に最新のDAWソフトの”SONAR 8″を使用することにしました。Roland系は初めてですし、SONARでなければいけない理由は特になかったのですが、どうせ環境を変えるなら大きく変えたかった、という程度のことです。

QX3のデータはYAMAHA独自の”E-SEQ”ですから、SMFにしないと他のソフトでは扱えません。QX3本体には変換する機能がありませんが、幸いなことにQY700にはその機能がありましたので、せっせと変換。とりあえず現在制作中のデータをSMFにしてWindows上へ。QY700まで壊れると、さすがに窮地となるでしょうから、残りのデータも、そう遠くないうちに変換しなければなりません。 それら「残りのデータ」のフロッピーディスクには内容をメモしたラベルが貼られており、10年以上前に興味を持っていた作品群がゾロゾロ出てきて、例えばバッハのオルガン曲をピアノで聴いてみたいなあ、との想いから3段オルガン譜のBassを1オクターブ下げてピアノで演奏させ、ちょうどアルカンの「ペダルピアノまたは3手のための作品」のような雰囲気に仕上げようとしていた「聖アン」をはじめとする「プレリュード&フーガ」15曲とか、Samuel Feinbergのによるボロディンやチャイコフスキーの編曲モノ等を、引越しの荷物整理をしているのに古いアルバムを見つけて「おや、何だろう、ああこんなことがあった、あんなことがあった」とやっていて肝心の片づけが、ちっともはかどらないのとよく似た状況に、 しばらくの間ありました。

QX3のフロッピーディスクは2DD専用で、もうどこにも売っていません。と思いきや、YAMAHAのホームページにピアノプレーヤのソフト(Muma)記録用フロッピーを販売店経由で購入申し込みができる、と書いてあるのを見つけ、半年ほど前に20枚購入しました。新品未開封ですがピアノプレーヤ用にフォーマットされている筈です。ワープロや昔のマシンを使い続けていて2DDを必要としている方々は、オークションで高値で落札する前に、YAMAHAの支店に行ってみるのも良いかもしれません。価格は忘れましたが昔のままで、お安かったと思います。

 

音の強弱
私は「2拍目と4拍目は少しだけ弱く弾かれる」というようなことを言うつもりは無い。旋律に「強弱」という要素を割り振るセンスは、私の場合、グレゴリオ聖歌の指導者から学んだものだ。MIDIにおいて「強弱」という要素は、「鍵盤の下がる速度に比例する」という論理に基づいている。YAMAHAピアノプレーヤも同様である。だからピアニシモでの演奏の場合は、鍵盤の動く速度は「遅い」ことになる。すると、音が出るタイミングも遅れることになるので、命令から実行までに0.5秒程度の時間差を設定して、これに対処している。

人間のピアニストは多種類の奏法によって最弱音をコントロールしている。再現することが一番難しいと思われるのは、ピアニシモでノンレガートの早い旋律を演奏することだが、この点では人間のピアニストは明らかに優れている。しかしmp以上の音量の場合は両者の立場は逆転する。超高速で弾かれる「重音パッセージ」や「オクターブパッセージ」や「幅広い跳躍」において自動演奏ピアノの真価が発揮される。とは言っても、それは機械としての性能に関する話題だ。

編集することが可能なパラメータは主に「音の強弱に関すること」「テンポに関すること」「音の出るタイミングに関すること」の3点である。「無機質な音の羅列」を「音楽的な表現」へと変える第一歩は「音の強弱に関するデータ」を編集することだ。私は、次項で扱う「テンポの揺らぎ」に関する編集を最初に行う人をよく見かける。しかし私の経験から言えばそれは良い手順では無い。ある人は言うかもしれない「バロック音楽の場合はどうなのか?」と。しかし、ここで扱うのは自動演奏ピアノであって、他の楽器を基準には考えていない。人間のピアニストが持っているチェスの駒とは別の駒を使って、この音楽ゲームを表現しなければならない。もちろん、彼等が持っていない特別の駒を持っている、とも言えるが。

メトロノームによって指定された速度での「機械的演奏」は、音の強弱に関する第一回目の編集を経た段階で、ずいぶんと「音楽的表現」になっている。繰り返して聴くうちに、その「機械的なタイミング」に慣れてしまうと言えるかもしれない。ここで重要なことは、この段階で作品の全体像をしっかりと把握することだ。あなたは作曲家が楽譜の上に指定した「表情」にかんする記号に注意を払うだろうが、他に、記されていない事柄についての想像力を働かせて、最終的な仕上がりをあなたの頭の中に想い描く必要がある。

 

テンポ
“Tempo=76″とか”Tempo=130″とは、その曲のどの部分を指して作曲家は言っているのだろうか。数小節に及ぶ旋律の場合はもちろんだが、1小節の中においても速度の変化は起こっている。「Tempoとは何であるか?」をコンピュータに教えてやる必要がある。

「Tempo」とは、実は、次の音が出るまでの時間のことだ。それが一定の割合の場合にはいわゆる「機械的」と言われる演奏になる。では「一定の割合」であることは悪いことなのだろうか? そんなことは無い。ただし、人間のピアニストは「一定の割合」でピアノを演奏しない。本当は「出来ない」と言う方が正しいのかもしれない。人々が「機械的」と感じる理由は、人間に出来ないことに直面した時の嫌悪感ではなく、正しい呼吸をする時間的な余裕すら無いことによる窒息感によるのだ。

今、このページの最初に提示した「レコードやCDの音を聴きながら、それに合わせて指揮をする」という段階に来た。ここで少し準備の必要な事柄がある。「accelerando」「dolce」「espressivo」「appassionato」をはじめとする表情にかんする言葉を、まずあなたが理解してそれをコンピュータに教えることだ。あなたが歌いながら身ぶり手振りで教えようとしても、なにしろ、相手は文房具でしかないのだから、あなたとの意思の疎通は無い。「一定の割り合い」で進行するreproducing player pianoというオーケストラに向かい合って、あなたは指揮者として細かい注文をつけることになる。